『人生十二の知恵』


福原麟太郎著『人生十二の知恵』 (講談社学術文庫)

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 編集部に与えられた題名にきまりの悪さを感じ、知恵のない話を書いたものだからと語るところも含め、人柄が滲み出るような文章の深みにふれるほどに、魅せられていた。ここには生きる者の心に希望を残す言葉があった。経験を重ね、学び、求め、生きた、謙虚な言葉に何度でも心打たれる。“希望を持ちうる間、人はいつでも志を立てうるのではないか”という言葉に救われる思いになる。純粋な意味での立志を知る言葉は、歳を重ねて初めてわかる文学もあるし、人生を慈しむことなども立志のうちという。生きる喜びを支え、愛しみ合う言葉に満たされる。

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人生十二の知恵 (講談社学術文庫)



『白居易詩鈔 附・中国古詩鈔』


白居易詩鈔 附・中国古詩鈔』 森亮訳 (東洋文庫、平凡社)

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 庄野潤三著『世をへだてて』に導かれ、作者不詳の「谷間をへだてて」に惹かれたが、白居易の「読詩」に特に引き込まれた。夜更けに読み耽る昔の旧詩帖の相手は大方もうこの世にいない。老いの涙がひげをぬらし、読むのをやめて長い溜息を吐く。短いながらここには様々な思いが感じられる。心のすべてはわからない。わからないながらに巡らす人の生きてきた姿の一場面に心打たれる。他の詩でも老いた身や白髪を描いた箇所が目を引く。老いる前から胸にこたえてきたことが、老いて後改めて身にしみるような言葉に、重ねられた時と思いの深さを感じた。

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白居易詩鈔―附・中国古詩鈔 (東洋文庫 (52))


『世をへだてて』


庄野潤三著『世をへだてて』 (講談社文芸文庫)

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 一つの動作に心配したり、安堵したり。立ち上がることも、踏みしめて歩くことも、家族がいることも、誰かを思い気にかけることも、かけがえのないものとして改めて身にしみる思いになった。予期せぬ病に倒れ、そこからのリハビリ、回復に至る過程が家族からの聞き書きも混ざり描かれている。福原麟太郎の作品を読み返し、身をもって知る実感やもう今はこの世にいないと知りながら励まされ励ましたくなる思いは、この本を手に取り読む読者の気持ちとも重なるようでじんとくる。運命の分かれ目や出会った人々、寄り添う家族のかたち一つ一つが愛しい。

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世をへだてて (講談社文芸文庫)


『ガルシン短編集 赤い花』


ガルシン著『ガルシン短編集 赤い花』 小沼文彦訳 (グーテンベルク21)

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 始終魅了されながら、思わず深い溜息をつく。苦悩の文学だと思う。だからこそ放つ特別な魅力がある。「赤い花」の狂気の主人公の中にある正義感に心打たれてしまう。「四日間」には戦争の現実の細部がある。一人の中に渦巻く思考とそこにある生と死。傍には死体があり、怪我を負った身体で打ちひしがれながらただ転がっているしかなく、何日も過ぎる。「アッタレーア・プリンケプス」に描かれる植物たちの心には著者の愛が滲む。「信号」の鮮烈な結末は忘れ難い。「ナジェジュダ・ニコラーエヴナ」は手記として人間の良心に永遠の愛の罪を問う傑作。

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ガルシン短編集 赤い花



『洟をたらした神』


吉野せい著『洟をたらした神』 (中公文庫)

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 真実の言葉が迫った。生きてきたことを物語る深みがどの作品にもある。心を打つ言葉が其処彼処にある。とりわけ「鉛の旅」に描かれる出征風景や人の顔の描写、心の動き一つ一つが真の姿を捉えて重く迫った。声をかけることのできない時間、姿勢をそのままに時が経つ様、潔いほどに短く描かれながらも、言葉はとても深く人生が滲む。「老いて」に描かれる境地、「私は百姓女」での生涯に対する静かなる肯定、「信といえるなら」に感じる決意。様々な葛藤を経て生き抜いてきた思いは、あとがきにも感じる。人生を感じる文章の深さと重さを噛み締めた。

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洟をたらした神 (中公文庫)



『土に書いた言葉 吉野せいアンソロジー』


吉野せい著、山下多恵子編・解説『土に書いた言葉 吉野せいアンソロジー』 (未知谷)

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 言葉が言葉として此処にある鮮烈に心打たれた。揺るがない言葉は、生きてきた証のように感じられた。様々に回想される自身の生活の細部に、生き抜いてきた言葉の深さがある。自然とともに生きてきた厳しさや喜びも、開墾生活の理想と現実も、娘を失った悲しみも、夫に対する葛藤も、書きたいという切実な思いとそれを許さない生活も、女であるということも、真実に貫かれて心に迫る。老いてなお書くことを手放さずに、抱えてきた思いを解くように、歩き続けた生涯を誇りもせず、哀れにも思わず、静かに肯定する言葉と出会うとき、まぶたが熱くなる。

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土に書いた言葉―吉野せいアンソロジー